中皮腫と化学療法について

1.はじめに

中皮腫は体腔内面を広く覆う中皮細胞に発生する悪性腫瘍で、胸膜、腹膜、心膜、および極めてまれに腹膜鞘状突起の遺残である精巣鞘膜に発生する。1990年ごろから先進諸国では共通して患者数の増加がみられ、総じて2020年ごろにピークを迎えるといわれている。この原因が20世紀後半に消費された大量の石綿(アスベスト)にあることは多くの疫学的研究から疑う余地もない。従来の中皮腫化学療法は悲観的であったが、抗中皮腫活性のある抗癌剤が登場し、再現性のある治療法が生まれている。中皮腫は治療に抵抗する予後不良の悪性腫瘍であるが、患者数の急増と新規拮抗薬の良好な抗中皮腫活性を背景に、新たなる治療法が検討されている。

 

2.選んだキーワードについて

今回私が選んだキーワードは、中皮腫とその化学療法である。中皮腫は胸膜と腹膜に発生するものが多く、その比率は8:2である。心膜、精巣鞘膜からの発生は極めて少ない。最も多い胸膜中皮腫は壁側胸膜に発生し、男女比は3:1である。アスベスト曝露との関連は濃厚で、オーストラリアの中皮腫登録では88%にアスベスト曝露歴が認められている。一方、臓側胸膜には、かつて良性限局型胸膜中皮腫と呼ばれた有茎性発育を特徴とする繊維腫が発生する。アスベストとの関連はまったくみられず、現在は孤在性線維性腫瘍と疾患名を変更し、中皮腫には含めていない。腹膜中皮腫のアスベスト曝露歴の頻度は胸膜中皮腫よりも少ないが、高濃度の曝露での発生が多い。潜伏期間は胸膜が平均40年であるのに対して、腹膜は30年である。また、胸膜中皮腫の男性比率が高いのに対して、腹膜では女性の比率が多い。

 

3.選んだ論文の内容の概略

現在までに、臨床的に使用可能なほとんどの抗癌剤が悪性胸膜中皮種の治療に対して使用されてきた。しかし、単剤での効果はあまり高くはなく、生存への寄与も明らかにされていない。ドキソルビシン(DXR)は悪性胸膜中皮腫の治療に最も用いられてきたが、奏効率は10%台と報告されており、他のアンスラサイクリンであるエピルビシンも同様の結果が報告されている。プラチナ製剤ではシスプラチンはSWOGトライアルでは、100mg/uを3週ごとの投与で14%の奏効率が得られ、シスプラチンを80mg/u毎週投与と高用量を用いた試験では36%と高い奏効率が得られたが、毒性のため継続不能例も多く出ている。カルボプラスチンはシスプラスチンと同等の成績が報告されている。高用量メトトレキサートは37%の奏効率と生存期間中央値11ヶ月と報告されている。ペメトレキシドは新規葉酸代謝拮抗剤であり、チミジル酸シンターゼ(TS)、ジヒドロ葉酸レダクターゼ(DHFR)、グリシンアミドリボヌクレオチドトランスフェラーゼ(GARFT)などの複数の主要な葉酸代謝酵素を同時に阻害することにより抗腫瘍効果を発揮すると考えられ、5−FU、メトトレキサート、ラルチトレキシドなどのように一つの葉酸代謝酵素(メトトレキサートはDHFR,5−FUおよびラルチトレキシドはTS)を阻害する抗腫瘍薬とは異なる作用機序をもっている。ペメトレキシド単剤の評価は64人の検討で、9人(14%)がPR,生存期間中央値10.7ヶ月と報告されている。ビノレルビンは、vin-ca alkaloidの中では唯一単剤の有効性がしめされており、29人の検討で、30mg/u毎週投与で24%の奏効率を示している。しかしながら、悪性胸膜中皮腫としての特殊性から、腫瘍の計測や効果判定が難しい点、また疾患がまれであり臨床試験がいずれも小規模である点など、薬剤の有効性の評価は難しく慎重な判断が必要と考えられる。

従来、ドキソルビシンがkey drugとして用いられ、シスプラチン/ドキソルビシンを中心に臨床試験が行われてきた。現在行われている併用化学療法としては、シスプラチン/ゲムシタビン、シスプラチン/イリノテカン、シスプラチン/葉酸拮抗薬の組み合わせが多く用いられる。ゲムシタビン単剤の奏効率は高くないが、プラチナ製剤との併用で奏効率が上昇し、多施設共同試験では33%の奏効率も示されている。また、カルボプラチン/ゲムシタビンでは26%、オキサリプラチン/ゲムシタビンでは40%の奏効率も報告されている。日本の成績では、シスプラチン/イリノテカンの組み合わせで、イリノテカン60mg/uの奏効率は27.6%と報告し、シスプラチン/ゲムシタビン/ビノレルビンの組み合わせで、58%の奏効率を報告している。

新規葉酸拮薬ペメトレキシドの良好な抗腫瘍活性が示され、化学療法のkey drugとして用いられるようになった。ペメトレキシドの単剤第2相試験では、奏効率14.5%、生存期間中央値10.7ヶ月の成績が得られ、また、ペメトレキシドのシスプラチンやカルボプラチンとの併用第1相試験でも高い奏効率が得られ、ペメトレキシドとシスプラチン併用の第3相比較試験が行われた。ペメトレキシド(500mg/u)/シスプラチン(75mg/u)併用を、プラセボ/シスプラチン(75mg/u)と比較する大規模比較試験で、ペメトレキシド/シスプラチン群では奏効率41%、対照群で17%、生存期間中央値はペメトレキシド/シスプラチン群で13.3ヶ月、対照群で10.0ヶ月とペメトレキシドの併用により有意な生存期間の延長がみられた。日本では、現在ペメトレキシド/シスプラチンの治験が進行中であり、この結果により悪性胸膜中皮腫に対するペメトレキシドの日本での承認が得られるものとして期待されている。同様に、新規葉酸拮抗薬であるラルチトレキシドを用いての、シスプラチン/ラルチトレキシドとシスプラチンとの比較試験でも、シスプラチン/ラルチトレキシド群とシスプラチン単独群の奏効率はそれぞれ23.6%対13.6%、生存期間中央値は11.4ヶ月対8.8ヶ月、無増悪生存期間は5.3ヶ月対4ヶ月とラルチトレキシド併用療法の有効性が示されている。今後の悪性胸膜中皮腫に対する化学療法としては、新規葉酸拮抗剤ペメトレキシドやラルチトレキシドと、プラチナ製剤との併用療法が中心に展開されるものと考えられている。

悪性胸膜中皮腫に対する分子標的薬を用いた治療の試みもされている。悪性胸膜中皮腫の進行にvascular endothelial growth factorFEGF)が重要な役割を果たしていることが知られており、VEGFに対するモノクロナール抗体であるBevacizumabVEGF receptorkinase阻害剤であるSU5416、また血管新生阻害剤であるサリドマイドを用いた臨床試験が行われている。Bevacizumabはシスプラチン/ゲムシタビン治療後にBevacizumabとプラセボ群とにランダマイズされ検討されている。サリドマイドは40例を対象に、11例(27.5%)で6ヶ月以上の病状安定が得られている。多剤耐性を示す悪性胸膜中皮腫でのstem cell factor/ckit系の関与が示され、imatinib mesylateの投与も行われたが、効果は得られていない。また、悪性胸膜中皮腫でのepidermal growth factor receptorEGFR)の高い発現に対して、ゲフィチニブの投与も行われたが、43例中1例でCR1例でPR21例でSD1年生存率32%の成績が得られている。サイトカインを用いた試験としては、インターロイキン2の投与も行われ、31例を対象に胸腔内投与が行われ、1CR6PR(奏効率22%)が得られている。早期症例に対するγインターフェロンの胸腔内投与では89例中8例がCR9例がPR(奏効率20%)と報告されている。αインターフェロンとシスプラチン/ドキソルビシンとの併用試験では、奏効率29%、生存期間中央値9.3ヶ月と報告されている。しかし、併用では骨髄抑制と疲労による毒性により制限されると報告されている。Ribonuclease阻害剤であるランピルナーゼは105人の第2相試験で奏効率5%と低かったが、43%の症例でSDが認められ、ランピルナーゼ対ドキソルビシンの第3相試験ではドキソルビシンに対して、11.3ヶ月対9.1ヶ月と2ヶ月の生存延長が報告されている。ただしQuality of lifeはランピルナーゼ群で低下がみられている。現在、ドキソルビシン対ドキソルビシン/ランピルナーゼの第3相試験も行われている。そのほか、SV40ウイルスの悪性胸膜中皮腫への関与の観点からのワクチン療法の開発や、mesothelinを発現している細胞をターゲットにしたimmunotoxinの臨床試験も行われている。その他の試みとして、シクロオキシゲナーゼ2酵素の悪性胸膜中皮腫への関与の観点からのアプローチや、ビタミンEアナログの悪性胸膜中皮腫抑制効果も動物実験で示されており、それらの応用が期待されている。

(文献)癌と化学療法 339号 P1215~1220

    日本胸部臨床 657号 P640~645

 

4.考察

1990年代に主に先進国での建物建築の際に大量に使用されていたアスベストが、中皮腫を引き起こす原因となっており大きな問題となっている。当時アスベストの毒性は認識されておらず、対策など全く立てられていなかったため、大量に吸入してしまった人も多い。中皮腫の潜伏期間は平均30~40年と非常に長いため、これからさらに患者数は増えていくだろう。中皮腫(多くは悪性胸膜中皮腫)は治療困難な腫瘍で、効果的な抗癌剤が得られていなかったが、最近の化学療法では生存期間の延長が示されたらしい。しかしいずれの化学療法も以前のものと比べて劇的な効果を示したわけでなく、今なお治療困難で致死的な疾患であることに変わりはない。早期診断法と標準的治療法の確立が急がれている。また、これ以上の患者を増やさないために、残存しているアスベストの除去も徹底していかなければならない。

 

5.まとめ

悪性胸膜中皮腫に対する今後のfirst line化学療法としては、シスプラチン/ペメトレキシドやシスプラチン/ラルチトレキシドを中心にして展開されるものと考えられる。また、悪性胸膜中皮腫の増殖メカニズムをターゲットにした新しいアプローチの開発も検討されており、難治性の悪性胸膜中皮腫に対する集学的治療により治療成績の向上が期待される。